竹田繭香 ~墨幽玄の世界~ 墨と花 Sumi&Flower by Mayuka Takeda

水墨画と花の作品制作、四季折々の日記

【きょうの一首】物思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づるたまかとぞ見る

こんにちは、竹田繭香です(*^^*)

 

きょうから少しずつ和歌のこともつづっていこうかと思いまして、自分の勉強のためにもちょっとずつ紹介していこうと思います。

 

和歌って、やはり風流ですよね。

日本の「美」や「魂」がつまっています。

 

きょうが一発目になるので、何にしようかすごく迷ったのですが、先日のストロベリームーンで「あくがる」という言葉を実体験として体感しましたので、「あくがる」にちなんで選びました。

 

そして、日本は四季があるので、季節に則したものがいいですね。

今は夏なので、やはり夏らしい歌を取りたいとの思いからこの歌を。

※読みやすいように濁点を付けました。

 

きょうの一首:

「物思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づるたまかとぞ見る」

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きょう:旧暦5月17日

よみ人:和泉式部

出典:後拾遺和歌集(1162番)

 

大意: あなたを思って思い悩んでいると、沢を飛ぶ蛍の光も自分の身から抜け出た魂かと見える。

 

「たま」は漢字で「玉」。「魂」のこと。

「あくがれ出づる」は「あくがる」+「出づ」の複合動詞ですが、この「あくがる」という動詞、、、

 

この意味は、

  1. 肉体から魂がさまよい出る
  2. ふらふらとさ迷い歩く

 

たとえば、思いを寄せる人を強く思うあまりに自分の魂が体からさ迷い出て、その思い人のところにまで飛んでいってしまうような状態のことを言うんですね。

 

源氏物語に出てくる六条御息所がそれですね。

あの人のことが「好きだ」とか「憎い」とか、強い思いを抱いていると、魂が抜け出てしまう。

六条御息所の場合は、肉体から魂がさ迷い出て、それが生霊となって悪さをしてしまったのですが。

昔の人は、そういうことが「普通にあることだ」「体は魂の入れ物だ」という思想を持っていたわけです。

 

私はいつも満月を見ると「あくがる」体験をするのですが、皆さんはいかがでしょう?

三日月ではなく、満月のときに一番感じるのですが、魂を吸い取られるような気がしませんか?

特に先日のストロベリームーンなんかを見ると、満月の吸引力にいざなわれて、自分の魂が自分の体から離れて、さ迷い出てしまうんじゃないかと、、、そんな感覚に陥ります。

 

昔の人も、月を見て、同じように思っていたでしょうか。

月というのは昔も今も変わらないわけですから、月を見上げると、月を通して、何だか昔の人と会話できそうな気がします。

 

この歌は、足が遠のいてしまった夫に対して詠んだ歌だといわれています。

当時は通い婚ですから、男性が女性のもとへ毎晩通い続けることによって婚姻が成立するのですが、来訪の頻度が、3日に1度になり、10日に1度になり、ひと月に1度になり、、、と来訪が途絶えがちになると、自然消滅という形で離婚となります。
(キビシイですね! 飽きられたら終わりってことですね。。。💦)

 

夫の足が遠のくと、和泉式部は神にすがる思いで貴船神社にやってきてこの歌を詠んだとされます。

夕暮れ時の御手洗川のほとりにはたくさんの蛍が浮遊していたことでしょう。

幻想的な風景ですが、どこかもの悲しい光景でもあります。

その無数の小さな蛍の光が、自分の体からさ迷い出た魂に見えたのでしょうね。

 

さて、この歌には返歌があるんですね。

なんと、神様からの返歌です。貴船明神の歌です。

 

「奥山にたぎりておつる滝つ瀬のたまちるばかりものな思ひそ」

 

大意: 奥山にたぎり落ちる滝の瀬の水の玉のように魂が散るほど思いつめるなよ

 

その後、神へ願いが通じたのか、和泉式部は夫の心を取り戻すことができたということです♡

 

それでは、また☆彡

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